ここからワンダーランド

毎回テーマに沿って4人が思い思いに綴ります

熱愛未発覚

「ごめん遅れた! お待たせ」
「おつかれー、お腹すいたからもう焼いてるよ」
「流行りの1人焼肉じゃないっすか、お姉さん」
「今1人じゃなくなりましたので違います」
「しかし今日も最初に鶏つくねって、お前さぁ」
「うるさいな……だって好きなんだもん、好きなものから食べたいもん。あるよ、君が好きなのも」
「いやーさすが、わかってるな、ここはタン塩がダントツうまい。あ、レモンとって」
「はいこっち。もう焼けてる、大丈夫」
「やったーいただきます! ……って流されてるけど、食べる前にまず言いたいんだけど、この店のチョイス」
「いいセンスでしょ? なかなか自分じゃ行く気になれないかなと思って予約させていただきました」
「そりゃならねーわ! 自分が週刊誌に撮られた店とかトラウマだろうが!」
「そうだよね~、ただの読者モデルがトップアイドルと週刊誌報道されるなんてね~」
「……なんかその言い方もムカつくな」
「事実じゃん」
「まぁそうですけど」
「この春で読者モデルとしても終わりだけどね」
「まぁそうですけど」
「お疲れ様でした」
「晴れて一般男性デビュー」
「で、付き合ってたの? アヤコと?」
「いや、付き合ってない、何度か飲んでただけ」
「ふうん」
「その目」
「いや、付き合ってたならサイン頼みたかったなって」
「そっちかよ」
「あ、でも私はアヤコよりさよちゃんが好きだから、今度さよちゃんがいたらサインねだってね。さよちゃんかわいいよ~新曲でポジション上がってほしいな~」
「お前もしかすると全然俺に興味ねーな」
「そんなことございませんよ、ほらタン塩こっちも焼けたよ」
「ありがと。あ、俺も鶏つくね食べたい」
「食べるのかよ」
「食べるよ」
「だって別にどっちでもいいよ、嘘でも本当でも。でももしあの時は言いたくても言えなかったことがあるなら今なら言っていいんだよって話」
「……なら、今だから言うけど」
「うん」
「俺はこの話誰にも言ってないんだけど」
「うん」
「アヤコさんは俺の先輩と付き合ってたんだよね」
「えっ嘘」
「誰かは言えないけど」
「くそう、先回りされた」
「無理無理、これはマジで無理」
「じゃあ身代わりってこと! うわー!」
「いやそんなひどい話じゃなくて、一緒に飲んでたんだけど先に帰ってて、あの日たまたま。俺は家が同じ方向だったから酔っ払ってる彼女抱えて家までタクシーで送っただけ
「えーでも完全にとばっちりだよねぇ」
「アヤコさんには悪いことしたよなぁ、俺とああいう写真出たところでいいことマジで1つもない」
「いやその前に自分でしょ。あんなに叩かれて」
「ブログのアクセス数すげー増えたからね。ビビったわ」
「濡れ衣……なわけじゃないけど無実の罪で嫌じゃなかったの?」
「うーん、そりゃ最初はイライラしてたけど。でも俺でよかったかもなって思った」
「なんで?」
「別に本気じゃないから、いつかやめるって思ってやってたから」
「あー。芸能界を」
「なんだろう、もっとでかいこと。自分をまるごと商品にする生き方そのもの」
「でもさー、そもそも恋愛って悪いことしてるわけじゃないんだから隠さなくたっていいんじゃないの? 騒ぐ人は騒ぐだろうけどそういうのに合わせて隠してあげなくてもさぁ」
「まぁそれもそうだよなぁ、けど」
「けど?」
「そんなレベルのことで、あの人が損する可能性あるなら本当にバカバカしい。別に悪いことじゃないの知ってるけど、だったらなおさらバレないでほしい」
「……大好きじゃん」
「凄いし、超かっこいいから」
「で、誰なの」
「言えないけど」
「ケチ」
「はいはい」
「健気ないい後輩だ」
「健気とかじゃない、本気の人は分かる、全然違う。元々並んですらいない」
「ふうん」
「あんなに沈めないよ。俺はここでずっと潜ってられる人間じゃないって分かる、すぐ分かる」
「じゃあ未練、ないんだ」
「ないない、マジでない」
「あれがきっかけで辞めなくちゃなのかと思った」
「むしろおいしいんじゃない? ガチで成り上がる気なら」
「確かに……」
「自分の人生に覚悟持ってる人はそれだけでエラいよなぁ、はぁ就活しよ」
「一気に現実に戻る」
「そりゃそうよ、現実を生きなければ」
「ならじゃあまぁ、おかえりなさいこちら側へ、焼肉を自由に食べられる世界へ」
「焼肉の自由」
「熱愛の自由もオプションで付けられるよ」
「熱愛の自由」
「美しい世界でしょう」
「うーん、でも熱愛発覚には週刊誌に撮られる必要がある」
「そっか、熱愛の権利は選ばれた人のものだった」
「下々の人間は永遠に熱愛未発覚だから」
「今この時間も熱愛じゃないですね」
「ないね、絶対にない」
「酔ってふらふらになって首に手まわして抱きついても手つないでタクシー乗ってマンションまで送ってもらっても熱愛にならない?」
「えぐってくるな……」
「これが自由な世界!」
「今日はあの日と違って誰にも義理なんかないから、めんどくさい酔っぱらいは道端に置いていきます」
「いつか熱愛になりますかね?」
「パパラッチ雇って撮ってもらうしかない」
「一般女性と一般男性だから無理かな……」
「無理だね」
「それでは、これからも末永く続く熱愛未発覚を祝して」
「乾杯?」
「いいえ、ありがたく肉を食しましょう」
「間違いない、それしかない」
「俺タン塩、最後の」
「じゃあハラミにしよ」
「ああ神様、焼肉の自由、ばんざい!」